成田緑夢は過去に事故で足切断の事態に!怪我をしてから現在はどうなってる?

平昌オリンピックが開催されて、盛り上がりましたね。

さて、平昌オリンピックが閉幕したら、次は平昌パラリンピックです。

ここでは、平昌パラリンピックのスノーボード日本代表選手の成田緑夢選手が足を切断する事になった事故について。

そして、怪我してから現在まで話をまとめていきたいと思います。

 

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成田緑夢が起こした事故の内容

成田緑夢選手は「腓骨神経左膝下まひ」という障害を負っており、左足が動きません。

この障害を負ったのは19歳の時です。

この頃、成田 緑夢選手はスキーだけではなく、トランポリンにも熱中していました。

高校2年生の時には、全国高校選手権の男子個人で歴代最高得点16.3点最高難度賞を受賞する程の実力です。

しかし、このトランポリン練習中に事故を起こしてしまいます。

この頃練習に、スキー板を想定した2.5キロの重りを両足に付けてトランポリンで飛んでいました。

飛んだ瞬間に成田 緑夢選手は「左足がすべった。」と感じたそうです。

しかし、背中から落ちれば大丈夫であるとも、この一瞬で成田緑夢選手は考えました。

体を回転させた成田緑夢選手ですが、重りのせいで思うように体が傾かず、前屈の姿勢のまま落下してしまいました。

そして、前十字靭帯、後十字靭帯に半月板の損傷を負う事になります。

動脈も破裂し、内出血も広がっていたそうです。

医者からは切断の可能性も考慮して欲しいと言われました。

しかし、父親の希望で足の切断は避けるように4度の手術が行われます。

手術の結果、一命は取り留めたものの、成田緑夢選手が起きた時に左足は感覚を失っていたのです。

 

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成田緑夢が怪我で足を切断してから現在はどうなっているのか?

左足を失った成田緑夢選手に父親は半年も立たないうちに「スキーに行くぞ。」と言ったそうです。

この頃、成田緑夢選手は30分左足を引きずって歩けば30分足を冷やさないと痛む状態でした。

それでも、成田緑夢選手はスキーを続けます。

その姿に「感動した。」というSNSのメッセージが成田緑夢選手に届きます。

成田緑夢選手は「自分がスポーツをする事で誰かを励ませる。」と考えるようになりました。

そして、誰かを励ますために成田緑夢選手はパラリンピックを目指し、今回の平昌パラリンピック出場権を獲得したのです。

 

まとめ

成田緑夢選手の切断事故についてまとめました。

成田緑夢選手には、平昌パラリンピックで是非メダルをとってほしいですね。

 

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